猫の らんこ  マウスで遊んであげてね^^

2016年10月25日

秋の桂雪会



お家流香道・桂雪会の秋の香席に参加してまいりました。
真の間では六歌仙香を楽しみました。
在原業平、小野小町、僧正遍昭、喜撰法師、文屋康秀、大友黒主の六歌仙の名のお香をまず試みとして聞きます。本香では6つの香から5つを抜いて、残った一つの香が何かを当てる組香です。お答えには六歌仙の、名前ではなく、秋のお歌を記します。
業平の香が出たので、お答え用紙に「ちはやぶる神代もきかず竜田川 からくれないに水くくるとは」と記しました。
秋の花を愛で、六歌仙の名歌を味わいながら、かそけき香りに耳傾ける静かなひと時でした。

母の着物を京都の二十八さんに染め替えして頂きました。以前この着物は「片身替わり」といって、左右の身ごろの色が異なり、片側はベージュだったのです。母が若いころ着ていた着物で、着こなすのが難しいものでした。濃い色に染め替えして頂き、見事によみがえりました^^
袖を通し、香を聞いていると、元気だった頃の母の姿が眼前に浮かぶようです。

思ひ出でて恋しき時は初雁の
      なきて渡ると人知るらめや  大友黒主


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2016年10月23日

小川流煎茶会



東洋英和女学院後輩のMさんのお招きで、明治神宮の隔雲亭で毎秋開かれる小川流煎茶会に出かけてまいりました。
小川流のお茶は、ほんの一滴のしずくにお茶のエキスが凝縮された、深く濃密な味わいのもの。月華と名づけられた大変難しいお点前を、淡々とこなすMさんの凛々しい姿に感動しました。以前お稽古していた頃のことを懐かしく思い出しました。
朝方は大雨で、前々日から準備していた着物を着るのを断念して、少しばかり心残りでしたが、雨上がりの広間の障子を開けると、シジュウカラが首を傾げながら部屋に入って来て、珍客の訪問に一同思わず微笑みました。夏目漱石も愛したという小川流のお茶を、神宮の森で存分に味わう風雅のひと時でした。
9月に旅立たれた小川後楽お家元が、静かに見守っていて下さるのを感じました。合掌

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2016年09月16日

緑陰文藝サロン 「鎮魂の原爆文学を読み、ブルーグラスでアメリカを識る」



9月3日軽井沢朗読館で開かれた緑陰文芸サロン「鎮魂の原爆文学 原民喜と林京子を読む」は盛況のうちに無事に終わりました。
私も後半に少しだけ参加させて頂き、14歳の時に長崎で被爆した作家の林京子さんから届いたお手紙を、二階席から読ませて頂きました。
以前少しだけ朗読を学んだことはあったのですが、お客様の前で披露するのはほとんど初めてで、大変緊張しましたが、「私は被爆者以外の何ものでもない」と語る林さんのお気持をなぞるように、心をこめて読ませて頂きました。
第二部ではブルーグラス演奏の第一人者・東理夫氏の演奏とトークを楽しみました。
翌日は加賀乙彦氏の山荘で乾杯!緑深い場所で、心地よい疲れに身を任せたひとときでした。
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――福島原発メルトダウンに続く日本人の反応、私は8月9日の被爆以上に衝撃を受けました。事故そのものではなく、政府、原発関係者、その医療面での専門家たちの発言。8月6日9日から70年近く、私たち被爆者に対して発言を続けた、その内容とまったく変わっていない。被爆者たちの発病を今日まで因果関係なし、或いは不明として「原爆症」を切り捨ててきた答えと一歩の進歩もない。繰り返しの答弁に「日本は被爆国ではなかったのか」とその過去に対する、無関心さにただただ呆れはて、正直に申しますと、モウイイヤーと、8月9日を書き続ける空虚さに陥りました。私は自分の作品で何かが起こるなど思い上がりはありません。しかしあまりに無関心すぎる。いいえ、核物質に対して無知でありすぎる。原発と原爆、それは同じ「核物質」なのですから。
(林京子氏から脱原発文学者の会に寄せられた手紙より抜粋)


posted by 橘かがり at 17:11 | TrackBack(0) | 政治・思想・人権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする