猫の らんこ  マウスで遊んであげてね^^

2009年07月03日

西洋中世学会・シンポジウムを聞いて

アカデミズムから遠く離れた生活をしていますが、
いつか大学で再び西洋史の勉強をしたいというのが私の夢です。
そんな折、「西洋中世学会」が設立されたと聞きました。
研究者でなくても、西洋中世に関心を持つ人なら入会できると聞き、申込をしました。
この学会は、日本における西洋中世研究(歴史、文学、哲学、美術、音楽など)を、
一層進展させるために、全国各地に散らばる研究者相互の交流の促進を
目標としたものだと聞きました。
専門・テーマの近い研究者同士が議論できる共通の土俵を作り、
さらに学会誌の特集や大会シンポジウムでは、それらの土俵同士を連携させて、
研究の発展を図るという趣旨だそうです。

6月27日〜28日に、東大駒場キャンパスにおいて、第一回大会が開催されました。
27日は総会と研究発表、28日は「21世紀の西洋中世学」というシンポジウムが
行なわれました。私は28日のシンポジウムを聞きに行きました。
まず樺山紘一先生(印刷博物館館長)の基調講演「中世はいかにして発明されたか」
から始まりました。会場は立ち見が出るほどの盛況で、熱気でむんむんしています。
中世認識の展開について、地中海科学史、スコラ哲学、ロマン主義、
アーサー王物語など6つの事例からの問題提起を、興味深く拝聴しました。
西洋中世は「発見」されたのではなく、くりかえし「発明」されたものであり、
実態として存在したというよりは、むしろ様々な角度から、
より多くの事象をとらえるための、手段としての概念であるというお話を聞いて
なるほどと感じました。学生時代に中世史の授業で、
アベラールトマス・アクィナスについて学んだときのことを思い出し、
しばし胸がときめきました。

引き続き、甚野尚志先生(早稲田大学)「十二世紀ルネサンスの精神」
山内志朗先生(慶応大学)「中世哲学と情念論の系譜」
久木田直江先生(静岡大学)「ランカスター公ヘンリーの『聖なる治癒の書』−中世末の霊性と病の治療−」鼓みどり先生(富山大学)「21世紀の中世美術史研究」
那須輝彦先生(青山学院大学)「中世音楽研究〜その足跡と現状〜」が行なわれました。
昼休みには「中世の教会音楽〜グレゴリオ聖歌からポリフォニーへ」と題する
音楽演奏もあり、非常に贅沢で、質の高い、充実したシンポジウムでした。

私にはかなり難しい内容の講演でしたが、
とても豊かな時間を過ごすことができ、清々しい気持ちになりました。
会場では西洋中世に関する書籍も販売されていました。
シンポジウムを聞いて大いに刺激を受けた私は、何冊か購入して帰りました。
いくつになっても学ぶことの大切さを、しみじみ感じさせられた一日でした。

シャルトル大聖堂

写真はシャルトル大聖堂です。
posted by 橘かがり at 06:38 | TrackBack(0) | 歴史関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月07日

歴史を生きる 歴史に学ぶ

オバマ氏圧勝のニュースを感慨深く見ていました。
アメリカ在住の友人から選挙戦の様子を伝えるメールが何回か届きましたが
歴史を変える瞬間に立ち会っているという熱気が強く伝わってきて
しみじみ羨ましいと感じました。

オバマ氏のTシャツを着たアフリカ系の初老の男性が
「生きているうちに黒人大統領を見られるとは思わなかった」と涙ぐんでいる写真を見て
私も思わず胸が熱くなってしまいました。
長かったブッシュ共和党政権に幕がおりることを、今は素直に喜びたいと思います。
願わくば日本にも変革の風が吹かんことを!

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話は変わって。
先日ドイツ現代史の講座で、独仏共通歴史教科書について学びました。
ご存知の方も多いと思いますが、
2006年夏に独仏歴史教科書が公刊され、同年冬学期から導入されています。
国境を越えた正規の教科書の登場には、大きな反響があったと言います。
1992年にはドリューシュの『ヨーロッパの歴史』が刊行されていますが、
これは副読本留まりであったようです。

2003年にフランスドイツ両国政府が、
若者の相互理解を深めるために、共通の歴史教科書を作成することを決定したといいます。
そしてそれからわずか3年で、教科書ができあがったと聞きました。
かつて戦争をしていた2カ国が、これほど素早く共通教科書を作れるというのは
本当にすごいことだと敬服してしまいます。
現在フランスドイツ間では、歴史認識に関する問題は、ほぼ解消しているといいます。

独仏版ともに同一内容で同一体裁、図版資料も多く掲載しています。
記憶の重視
・ドイツ「ナチズムの過去の克服」
・フランス「ヴィシー症候群(対独協力)」

他国の異なる戦後に対する複眼的認識
・フランス「ドイツの分断、統一に対する学習」
・ドイツ「フランスの非植民地化に関する学習」

などを重点的に織り込み、生徒に深く考えさせる内容のものだと聞きました。
東ヨーロッパ史の軽視など、幾つかの問題点もあるようですが、
メディアにおける反応は「ほとんど奇跡」など、おおむね好意的だと言います。

そもそもこの教科書は
「独仏共有の歴史を学ぶことで、広い視野を持った人間に成長してほしい」
という願いの元に、できたと聞きます。
生徒側からも、この教科書で学ぶことで、視野が広がり、考え方の幅ができたと
好意的に評価されているようです。
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折りしも田母神前航空幕僚長の、
日本の侵略や植民地統治を正当化する内容の論文についての報道がありました。
これが果たして本当に論文といえるかどうかは別として、
こういうものが、繰り返し出てくるのを心から憂い、恥じます。
「日本は素晴らしい歴史を持つ国」という発言について、まず憤りを覚えます。
どうして日本だけが、特別の国、特別の歴史を持った国のように、錯覚するのでしょうか。
どの国にも長い歴史と深い伝統・文化があるはずです、
なぜ他国の素晴らしさを、理解することができないのでしょうか。

世界の歴史を学ぶことは、他国の素晴らしさと、他国の痛みを知ることでもあると思います。
そしてそれは平和への道にも繋がると信じています
差別や偏見は、他民族や他国家の歴史への、無知と無理解から来るのではないでしょうか。
いつの日か、日本と中国、韓国が、共同歴史教科書で
共に学べる日が来るのを、夢見てやみません。
posted by 橘かがり at 12:53| 歴史関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月16日

今、あらためて、ドレフュス事件

今年の春からカルチャーセンターの西洋史講座に通っています。
学生時代に専攻したものの、西洋史からすっかり遠ざかっていて
最近になって、再び勉強したいという気持ちがわいて来ました。
しかし歴史の勘のようなものをすっかり忘れてしまった気がして
まずは近現代史の初級クラスから通うことにしました。
現在受講しているのは「フランス近現代史」の講座です。
先週の授業の内容は「第三共和制の形成」についてでした。

パリ・コミューンブーランジェ事件ドレフュス事件
高校の歴史の授業を思い出します。
ドレフュス事件は、有名な冤罪事件です。
1894年9月フランス陸軍情報部は、パリのドイツ駐在武官邸から、
フランス軍関係者内に、対独通牒者がいることを示すメモを入手しました。
フランス陸軍参謀本部は調査を行い、筆跡が似ているとして、
ユダヤ人砲兵大尉アルフレッド・ドレフュスを逮捕しました。
しかし具体的な証拠どころか、状況証拠すら欠いていたため、
逮捕の事実は、すぐには公表されませんでした。
しかしこの事実を、反ユダヤ系の新聞が大々的に報じ、
慌てた軍上層部は、証拠不十分のまま非公開の軍法会議において
ドレフュス「有罪」の判決を下し、終身城塞禁固としました。

ドレフュスは初めから無罪を主張しており、無実を確信した家族らは、
再審を強く求めるとともに、真犯人の発見に執念を燃やしました。
そして作家エミール・ゾラが、大統領宛ての公開質問状を
新聞「オーロール」一面に掲載したのです。
ゾラは、軍部を中心とする不正と虚偽の数々を徹底的に糾弾します。
ゾラはこのため罪に問われ、イギリスに亡命しますが、翌年帰国。
ドレフュスの再審が決定し、1906年に無罪が確定しています。
フランス史において、この事件の与えた影響ははかりしれません。

そのときの講師の先生の一言が胸につきささり、忘れられずにいます。
「フランス革命以来、基本的にフランスでは国家理性と人権はイコールであり、
右派左派を問わず、人権とは普遍的なものと、理解されています」


日本の歴史をふりかえってみて、現代に至るまで、
はたして人権は普遍的なものだと、理解されてきたでしょうか。
もちろん日本においても人権は憲法の柱の一つであり、
「国民の権利」として保障されているはずです。
しかし人権について私たちの意識は、時にひどく脆弱で希薄な気がしてなりません。
歴史を学ぶことは、人権について、民主主義について学ぶことに他ならないと感じています。
posted by 橘かがり at 01:51| 歴史関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする