猫の らんこ  マウスで遊んであげてね^^

2019年07月31日

「萩尾望都 ポーの一族展」

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萩尾望都による壮大なヴァンパイアの物語『ポーの一族』連載が始まったのは、中学生になったばかりの頃。人間のエナジーを吸い、薔薇を枯らし、永遠の時を生きるポーの一族。主人公エドガーは14歳の時に、ポーの儀式を目撃して、期せずしてヴァンパイアとなる。少年の姿のまま、永遠の時をさすらう。最愛の妹メリーベルの幸せだけを祈って過ごすが、別れを告げに行き、結局妹をも道連れにしてしまう。一族は不老不死だが十字架を怖がり、心臓に杭を打たれると、砂塵となり消滅する。



少年のまま永遠の時を生きるエドガーの孤独と喪失感を描く詩情あふれる作品に、中学生の私はすぐに虜になった。学校のチャペルで、友人たちとポーの一族ごっこに興じた。メリーベル役をやったのは美少女の友人で、実年齢より上に見える私に回って来たのは、エドガーの義母シーラ・ポーツネル男爵夫人。

ある嵐の午後、シーラを慕うクリフォード医師と遭遇、避難した小屋の中で、脈拍がないことを見抜かれ、農具で胸を刺され消滅する。メリーベルも銃で打たれ消滅。独りぼっちになったエドガーは、孤独な少年アランを道連れにして永遠の時を彷徨い続ける。

私は文字通りすりきれるまで雑誌に掲載されている作品を繰り返し読み、セリフも全部覚えていた。

小説を書き始めて間もなくの頃、ある編集者に「この台詞はポーの一族でしょう?他人の作品からイメージを借りるのはだめよ」と注意を受けた。ストーリーもキャラクターも時代設定もまるで違う。もちろん台詞を真似たわけでもない。それなのに知らず知らずにポーの世界観がにじみ出ていたとは。



最近40年ぶりに『ポーの一族』の連載が始まり、ブームが再燃している。シリーズ作品の中でアデルという初老の女性が、幼い頃、二人の少年と森の中で暮らしたと回想する場面がある。自分ばかり成長するのに、二人は少しも変わらなかったと。

銀座松屋で開催されている『ポーの一族』展で、エドガーとアランの変わらぬ姿に再会して、アデルと同じ感慨に耽った。エドガーをずっと待ち続けていたメリーベルの原画を見て、不覚にも涙がこぼれる。私にもこんな透き通った時代があった。

あの頃私は、半ば本気で、エドガーがいつか迎えに来てくれると信じていた。

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posted by 橘かがり at 19:11| 美術館・展覧会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月31日

「ウィーン・モダン クリムト、シーレ、世紀末への道」

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都美術館で開催中のクリムト展より先に、こちらを見ようと国立新美術館の「ウィーン・モダン 〜クリムト〜シーレ世紀末への道」に出向く。一番のお目当ては「Liebe 愛」という作品だ。
思えば高校生の頃、友人間でにわかに世紀末美術ブーム?がまき起こり、ギュスターブ・モロー、ラファエル前派、そしてクリムトに夢中になった。特にクリムトには、青春をかき乱されたと言っても過言ではない。
私は古本屋で分厚いクリムト画集を買いこみ、夜ごとページをめくった。自室の壁には「Liebe 愛」のポスターを貼った。若い恋人同士が見つめ合うその絵の背後には、幼女、若い女、醜い老女、死神と骸骨が描かれている。美しくも怖ろしい絵だ。今となればこの絵が、男性画家の抱く女性幻想に過ぎないと思えるし、女がこんな風に醜く老いるものでもなかろうと笑って眺められるが、十代の私にはひたすら空恐ろしかった。あらためてこの作品の前に佇むと、若き日の甘酸っぱい感傷が込み上げてくる。

本展には同時代画家により描かれた「シューベルトの夜会」という作品も展示されているが「ピアノを弾くシューベルト」という幻のクリムト作品が思い出されてならない。
シューベルトはサロンでしばし演奏をしたという。世紀末の朧げな気配の中、クリムトの絵の中で、天才音楽家の姿が浮かび上がる。たっぷりした袖のドレスを纏う女性は、楽譜を手に持ち、伴奏に合わせて、今にも歌いだそうとしているーー。
だが、実物のこの絵を見ることは、残念ながら叶わない。ナチスドイツ政権下、クリムト作品は退廃芸術と烙印を押され、南オーストリアのインメルドルフ城に収納された。敗戦色濃くなった1945年、ヒットラーユーゲントにより火を放たれ、城ごと永遠に焼失したという。比較的質の良いカラー写真が残されたおかげで、この作品の存在を惜しむことができるが、もし燃えずに残っていたなら。ここで眺めることもできたかもしれないーー。

クリムトより年若のシーレとココシュカの作品も何点か展示されているが、その鮮烈な自我の投影に胸を突かれた。かつてクリムト作品ほどには、良さが分からなかった。特にシーレの「ひまわり」には、あらためて衝撃を受けた。若い頃には決してわからなかったものがあるーー。クリムトが描くほど、老いは悪いことばかりではない笑。

「ウィーン・モダン クリムト、シーレ、世紀末への道」国立新美術館にて8月5日まで。金・土は夜もopen

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posted by 橘かがり at 20:54| 美術館・展覧会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月30日

巨星松本清張展 神奈川近代文学館


しがない書き手の私ではあるが、誰に一番影響を受けたかと問われれば、間違いなくこの方をあげる。
松本清張氏が『日本の黒い霧』を書いたのは何と1960年。私ごとながら2008年に拙著・判事の家のために、松川事件、関連して下山事件を調べてゆくと、『日本の黒い霧』に記された内容が、後世に判明した、ほぼ史実と言って良い事項に、少なくとも八割方は符合しているのを知り驚愕した。
戦後の一連の怪事件の背景にGHQ(参謀二部)の存在があったというのを、初めて記したのが清張氏であった。しかも『日本の黒い霧』が書かれたのは、あの名作『点と線』が大ベストセラーになり、作家として脂の乗りきった時期に重なる。同時期に『わるいやつら』『砂の器』を連載している。

特別展の図録冒頭を飾る半藤一利氏の寄稿によれば、1952年清張の芥川賞受賞時に、坂口安吾が「文章甚だ老練、また正確で静かでもある。一見平板のごとくでありながら造型力逞しく、底に奔放達意の自在さを秘めた文章力(中略)この文章は実は殺人犯人をも追跡しうる自在な力があり、その時はまたこれと趣きが変わりながらも、同じように達意巧者に行き届いた仕上げのできる作者である」と評し、これは清張が推理小説も書ける作家と見抜いた批評であるが、その直後に半藤氏は安吾から「あの新人は正確な文章で、日本にはかつてなかった欧米流の骨太なノンフィクションの書ける逸材だよ」という絶賛の台詞を、直接聞いたという。清張の本質を見抜いた誠に鋭い慧眼である。

私が清張(ミステリ)作品に深く共感する理由の一つは、女性へのフェアな視点だ。当時は女性の地位は今よりはるかに低かったから、女性を弱者として描いている面は否めないが、そのまなざしは常に温かい。
またまた私事だが、幼少のころ住んでいた浜田山に、清張氏の御宅があった。道ですれ違うとひどく気むずかしい印象だったらしいが、家で働くお手伝いさんたちへの心遣いの行き届く、大変優しい人だったとも聞く。

冬の海に小舟で一人こぎ出す『ゼロの焦点』佐知子、樹海にひた走る『波の塔』頼子の姿は、昭和が遠くなりつつある今も少しも色あせない。

【巨星松本清張展】神奈川近代文学館にて5月12日まで
図録も読み応えあって秀逸。

posted by 橘かがり at 21:31| 美術館・展覧会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする