猫の らんこ  マウスで遊んであげてね^^

2015年10月30日

軽井沢新聞社「金曜日の本屋」オープン!

20151023 ブログ軽井沢新聞1
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10月10日発行の軽井沢新聞紙上で、軽井沢を描いた本の特集が組まれ、拙著「焦土の恋」もご紹介して頂きました。
10月23日からは軽井沢新聞社内の金曜限定書店「金曜日の本屋」がオープンしました。
軽井沢に関する書籍 軽井沢ゆかりの作家の著書を集めた中に、拙著も並べて頂き、恥ずかしながらサインもさせて頂きました。たまたま国道沿いでデモをしていた方々がご来店下さり、三冊お買い上げ頂きました。
折しも軽井沢は燃えるような紅葉に彩られ、錦繍の秋を満喫してまいりました。

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2015年03月04日

月のない晩に

20150228 ブログベトナム1
posted by (C)橘かがり

12年前の小説現代拙受賞作(短編80枚)が日本ペンクラブ電子文藝館に掲載されました。
無料でどなたでも読んで頂けます。
http://bungeikan.jp/domestic/ 
改めて読み直すと、小学生の作文みたいで、よくまあこれで受賞できたものだと恥ずかしくなるような代物なのですが、「難民を助ける会」で知り合ったベトナム人女性ホアさんから聞き書きした、事実に基づいた物語です。
サイゴン陥落後の新月の夜に、姉と弟たちと小舟で脱出して、タイかマレーシアを目指していたはずが、海流の変化のせいで、あてどない漂流を続けた果てに、ギリシャ船に引揚げられ長崎にたどり着いたホアさん。
この物語はハッピーエンドではありませんが、実際のホアさんは、ベトナム人同士で結婚し、日本に帰化して二人のお子さんに恵まれました。
とても教育熱心で、数年前にお電話した時には中学受験のことをしきりに尋ねていました。今春ご子息が東京大学に合格したという知らせが届きました。
彼女のがんばりは、60年代の日本人に重なるように思えてなりません。
ご子息は二人ともベトナム語は話せないそう。おそらく彼女の孫の代くらいになってはじめて、故国ベトナムを懐かしむようになられるのでしょうか。
横書きで読みにくいのですが、お時間がありましたら、お目通し頂けると幸いです。
写真は友人のCさんから拝借した、ランタンに彩られるホイアンの町の景色です。
http://bungeikan.jp/domestic/detail/935/

20150228 ブログベトナム2
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2011年06月08日

鳥尾鶴代さんのお孫さん、鳥尾家五代目・鳥尾文孝さんとの出会い

人のご縁というのは不思議だなぁとつくづく感じさせられることがありました。
「焦土の恋」執筆中に、どうしてもさがしあてることのできなかった
鳥尾鶴代さんのお孫さんが、
何とアムネスティ50年記念チャリティパーティで、
ボランティアを共にした藤岡さんの、後輩だったことが判明!
藤岡さんのご厚意で、早速ご紹介いただき、お目にかかってまいりました!

ドキドキしながら待ち合せ場所に向かいましたが、
鶴代さんのお孫さんで、鳥尾家五代目にあたる鳥尾文孝さんは、
穏やかな笑顔を浮かべた素敵なジェントルマンで、
興味深い貴重なお話を快く語って下さいました。
連休中は被災地ボランティアに出向いていたという文孝さんは、
写真で拝見した鶴代さんのご主人の敬光氏にそっくりです!

文孝さんは鶴代さんと共に暮らしていた時期もあり、
「フミ、フミ」と呼ばれて大変に可愛がられたそうです。
鶴代さんの作ってくれた料理の味も覚えているとか。
鶴代さんはフランスにしばらく滞在したせいもあってか、
大変なフランス贔屓で、フランスのファッションを好んだそうです。
当時流行っていた大きなサングラスをかけて、最新流行の服を着て歩く姿は
お孫さんの目から見ても非常にかっこよく、自慢のおばあちゃまだったとか。
また晩年までプロポーションがよく、手足が長く、胸が大きく、すらりとして、
どんな洋服もお似合いになったそうです。

文孝さんが鶴代さんと一緒に暮らしていた頃、文孝さんは思春期の一番難しい時期で、
鶴代さんを悲しませたり困らせたりしたこともあったとか。
「もう一回祖母に会って、詫びたいのですよ」
文孝さんのそんな言葉を聞いて、思わず胸が熱くなりました。
「祖母のことは、悪く書かれることも多かったようですが、
こんなに美しく描いていただいてありがとうございます」
そんな風に言われると、こちらが恐縮してしまい、
何とお答えして良いのかわからなかったのですが、
ご遺族の方に喜んでもらえてよかったと、心から思いました。

鶴代さんと文孝さんがご一緒に住んでいた家は、私の実家のすぐそばだったことが分かり、
もしかするとどこかですれ違っていたかもしれないとも思えます。
人のご縁というのは本当に不思議なもので、
多くの方に助けられていることをあらためて感じ、感謝の気持でいっぱいになりました。
大きなサングラスをかけて、姿勢よく堂々と街を闊歩するお洒落な鶴代さんが、
目の前に浮かぶようです。
鳥尾文孝さん、藤岡さん、そして鶴代さん、本当にありがとうございました!

posted by 橘かがり at 02:34 | TrackBack(0) | 自著について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする