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2015年10月17日

ディンQレアジア初の個展「明日への記憶」


20151010 ディンQレ展1
posted by (C)橘かがり

20151010 ディンQレ展2
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20151010 ディンQレ展3
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世界的に活躍するベトナム人アーティスト・ディンQレのアジア初の個展「明日への記憶」に閉幕ぎりぎり間に合って鑑賞してまいりました。
私が子どもだった頃、ベトナム戦争のことが連日報じられていました。私の世代なら、戦争といえばまずベトナム戦争を思い出します。
当時の少女雑誌には、ベトナム人少女を養女にすることが決まり、心待ちにしていた女性が、来日直前に少女が爆撃で亡くなったことを知り、嘆き哀しむ様子が綴られていました。
その記事を未だに忘れることができません。
その後、成人してから「難民を助ける会」でボランティアとして、小舟で日本に逃れてきた南ベトナム出身のホアさんと知り合いました。20年近くたってから、小舟で脱出した時の話を聞き書きして小説に仕立てました。ホアさんとは今でも親しくお付き合いさせて頂いています。

20151010 ディンQレ展4
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20151010 ディンQレ展5
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20151010 ディンQレ展6
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ベトナム戦争は、日本と関わりの深い戦争と言われています。
アメリカの太平洋軍司令官が「沖縄なくして、ベトナム戦争を続けることはできない」と語ったように、日本はアメリカ軍にとって重要な後方基地でした。
まだアメリカ施政下にあった沖縄の嘉手納基地から、B52戦略爆撃機が飛び立ち、
ベトナムに爆弾の雨を降らせました。爆弾や毒ガス、軍服、死体袋、車両、電気製品など、
アメリカ軍にとって必要な物資が日本で作られ、産業界は「ベトナム特需」で潤ったといいます。
一方で、ベトナム戦争の激化にともない、国内での反戦運動も大きく広がり、反対集会やデモ、ベトナム人民支援の募金など、さまざまな活動が行われました。

20151010 ディンQレ展   7
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20151010 ディンQレ展 8
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『地獄の黙示録』などベトナム戦争を綴った映画をいくつもありますが、アメリカから発信されたものがほとんどで、ベトナム市民の言葉で語られた生の記録にあまり接した記憶なく、今回の展示はその意味でも大変鮮烈に感じました。
当時の素描の中に、かつてのホアさんにそっくりの少女を見つけてどきりとしました。
結合双生児の人形も多数展示されていて、愛らしい人形を眺めながら胸が痛みました。
展示はすべて撮影可で、私も時空を超えてベトナム人少女になったつもりで、展示の中に紛れてみました。

20151010 ディンQレ展9
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20151010 ディンQレ展10
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posted by 橘かがり at 02:55 | TrackBack(0) | 美術館・展覧会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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