旅の宿を満喫しました。翌日は少し早めに起きて、
朝もやの中の幻想的な十和田湖畔を散策しました。
十和田湖は、いつまで眺めてもあきないほど名残惜しかったのですが、
時間の関係で、遊覧船に乗るのはあきらめ、
再び緑のアーチのような奥入瀬渓谷を抜け、八甲田山に向かいました。
八甲田山と言えば、210名中199名が遭難した
雪中行軍遭難事件であまりにも有名です。
新田次郎の小説『八甲田山死の彷徨』を原作とした" 映画『八甲田山』の、
猛烈な吹雪の場面が、目に焼きついています。
しかしなだらかな稜線を描く夏の八甲田山は、深い緑に覆われ、
惨劇の舞台になった場所とは思えないほど、穏やかに映りました。
雪中行軍が行われたのは、
冬季によく見られる西高東低の気圧配置で未曾有の寒気団が
日本列島を襲っていた時だったといいます。
日本各地で、観測史上最低気温を更新した日でもあったそうです。
行軍隊の遭難した山中の気温は、
観測係であった看護兵が記録も残せず死亡したため定かでないようですが、
-20℃以下だったとの推測を、青森5連隊が報告書の中で残しているそうです。
あらためて自然の脅威を感じました。
そんな八甲田山のふもとに、豪華な造りのホテルを発見しました。
ホテル前のベンチから、眺める八甲田山は見事です。
中に入ってお茶とケーキをいただいたのですが、
棟方志功の素晴らしいコレクションにも驚きました。
次の目的地は、三内丸山遺跡です。
私は歴史好きなのですが、古代史や考古学には全く疎く、
三内丸山遺跡についても、ほとんど予備知識がないまま、訪ねてしまいました。
案内のボランティアの方を質問攻めにして、苦笑されてしまいました。反省!
三内丸山遺跡は、今から約5500年前〜4000年前の縄文時代の集落跡で、
長期間にわたって定住生活が営まれていたと言います。
江戸時代のはじめから、この遺跡のことは知られていたそうです。
平成4年からの発掘調査で、竪穴住居跡、大型竪穴住居跡、大人の墓、子どもの墓、盛土、
掘立柱建物跡、大型掘立柱建物跡、貯蔵穴、粘土採掘坑、捨て場、道路跡などが見つかり、
集落全体の様子や当時の自然環境などが具体的にわかってきたそうです。
とりわけ直径1メートルにも達する栗の巨木を使った、六本柱の大型掘立柱建物は、
全国的に大きな反響を呼んだといいます。
この巨大な六本柱が一体何なのか、
大型の高床建物、望楼、見張り台、トーテムポール説など諸説あるそうですが、
まだ決着がつきそうにないそうです。
敷地内には竪穴住居や大型竪穴住居、掘立柱建物(高床式倉庫)、
大型掘立柱建物などが復元されていて、当時のおもかげをしのばせてくれます。
竪穴住居や大型竪穴住居には、自由に入ることができます。
早速竪穴住居の中に入ってみましたが、
入り口は低く、背の低い私でも、かがまないと入れません。
中はひんやりしていて真っ暗、そして土臭いような匂いがしました。
しかし不思議に温かなぬくもりのようなものを、感じさせる場所でもありました。
ここに家族5〜6人で住んでいたらしいです。
当時の人たちの平均寿命は30歳くらい、これは乳児の死亡が多かったせいでもあるようです。
平均身長は男性で158センチくらい、女性は140センチくらいだったそうです。
大人が死ぬと、地面に掘られた楕円形や小判型の穴に埋葬されたといいます。
大人の墓(土坑墓)は谷の東側にあり、
同じ方向を向き、道路をはさんで向かい合うように配置されていたそうです。
子どもの遺体は、土器の中に入れられ、住居の近くに埋葬されたのだそうです。
死んだ子どもが生まれ変わってきて欲しいという願いをこめて、
土器に入れられたのではないかと推測されるとも聞きました。
土器の中から握りこぶし大の石が1〜2個出土するものも多く、
埋葬時の習慣に関わるものと考えられるようです。
例外として、ゴミ捨て場として使われていた泥炭層から、骨が出土されることがあるそうです。
当時は基本的には階級はなかったといわれていますが、
何らかの理由によって、墓ではないところに埋められた人がいた可能性もあるようです。
のどかに見える集落の中でも、差別や村八分やいじめなどが存在したのでしょうか。
また谷から見つかった動物や魚の骨、植物の種子や花粉からは、
当時の自然環境や食生活を知ることができると言います。
ヒスイやコハク、黒曜石は、遠方との交易があったことを示し、
漆器の存在は、専門的な技術を持った人がいたことを、物語っています。
では、これほどの遺跡がなぜ終焉を迎えたのでしょうか。
一因としては、気候の寒冷化などが挙げられるようですが、
それだけで遺跡全土を手放すとは考えづらく、まだまだ謎につつまれているようです。
敷地内を歩いていると、タイムスリップしたような感覚に襲われます。
次第に遺跡の謎に興味を持つようになりました。
今度訪れるときには、もう少し勉強してから訪ねたいと思いました。もう一度反省!




