猫の らんこ  マウスで遊んであげてね^^

2019年07月10日

1930年代のタンゴをたずねて

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1930年代を舞台に新しい原稿を書いていて、どうしても音楽シーンを入れたくなった。そうだ!好きなタンゴのことを書こう!と思い立ったものの、ぜんぜん筆が進まない。文章で音楽を表現することの難しさに呆然。
というわけで、まずは知識の部分から肉付けしようと、知人の音楽プロデュ―サーFさんに、名著『タンゴ入門』の著者でもあるタンゴ評論家S氏をご紹介頂く。向かったのは神保町の老舗タンゴカフェ「ミロンガ」。
30年代、40年代のタンゴシーンを熱く語るS氏はエネルギッシュそのもの。途中で、S氏が母より年上だと知って仰天する。神保町にはレコードの専門店もあるそう。「帰りに好きなレコードを買って帰ります」というS氏は、タンゴ愛の塊、タンゴの生き字引のような方であった。
一度は廃れてしまったレコードが、今またブームになっていると聞くのも嬉しい。私が20代のときCDがまたたく間に世を席巻した。もう二度と聞かないだろうと、レコードを何枚もあっさり処分してしまったのが悔やまれる。時代は繰り返すというのは本当だった。

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posted by 橘かがり at 00:50| 音楽(タンゴ、ファド等) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月30日

香道御家流桂雪会・百ちゅう香会

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小雨けぶる芝の増上寺にて、恒例の香道御家流桂雪会・百中会が開かれました。今年は御代かわりにちなみ、天皇の御歌から選ぶことになりました。

今年は私も出香当番の一人で、読み慣れない歌論を読みふけり、崇徳院の「花は根に鳥は古巣にかへるなり 春のとまりを知る人ぞなき」という御歌に決め、香木を選びました。

糸桜というマナカ、群鳥というスモタラ、中空という伽羅に、暮春という羅国を、客香として配しました。

「春が終われば花は根に 鳥は古巣に帰っていく。でも春の行き着く先を知る人は誰もいない」という意味の御歌で、春の終わりや夏の終わりにもの哀しい気持ちになり、
いったい春はどこに消えてしまったのだろう、
夏はどこに行ってしまうのだろうと、私自身よく思いにふけるので、春が中空に漂いながらすーっとかすむように消えていくさまをイメージしました。

香木を小さく切るのが至難の業で、香木屋さんに駆け込みました。著しく減少している昨今の香木事情をお尋ねしながら、香木をカットしてもらいました。

それから小さな包みに一つずつ封入して、最後に総包という包みに入れるのですが、何度も封を開けては確認して、神経衰弱になりそうな毎日でした。

いざ実際に会場で聞いてみると非常に分かりにくく、悔いも大いに残りましたが、無事に終わり安堵しています。たまたま誕生日の前日で、香会を終えてから一つ歳を重ねました。

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posted by 橘かがり at 20:26| お稽古ごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月31日

「ウィーン・モダン クリムト、シーレ、世紀末への道」

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都美術館で開催中のクリムト展より先に、こちらを見ようと国立新美術館の「ウィーン・モダン 〜クリムト〜シーレ世紀末への道」に出向く。一番のお目当ては「Liebe 愛」という作品だ。
思えば高校生の頃、友人間でにわかに世紀末美術ブーム?がまき起こり、ギュスターブ・モロー、ラファエル前派、そしてクリムトに夢中になった。特にクリムトには、青春をかき乱されたと言っても過言ではない。
私は古本屋で分厚いクリムト画集を買いこみ、夜ごとページをめくった。自室の壁には「Liebe 愛」のポスターを貼った。若い恋人同士が見つめ合うその絵の背後には、幼女、若い女、醜い老女、死神と骸骨が描かれている。美しくも怖ろしい絵だ。今となればこの絵が、男性画家の抱く女性幻想に過ぎないと思えるし、女がこんな風に醜く老いるものでもなかろうと笑って眺められるが、十代の私にはひたすら空恐ろしかった。あらためてこの作品の前に佇むと、若き日の甘酸っぱい感傷が込み上げてくる。

本展には同時代画家により描かれた「シューベルトの夜会」という作品も展示されているが「ピアノを弾くシューベルト」という幻のクリムト作品が思い出されてならない。
シューベルトはサロンでしばし演奏をしたという。世紀末の朧げな気配の中、クリムトの絵の中で、天才音楽家の姿が浮かび上がる。たっぷりした袖のドレスを纏う女性は、楽譜を手に持ち、伴奏に合わせて、今にも歌いだそうとしているーー。
だが、実物のこの絵を見ることは、残念ながら叶わない。ナチスドイツ政権下、クリムト作品は退廃芸術と烙印を押され、南オーストリアのインメルドルフ城に収納された。敗戦色濃くなった1945年、ヒットラーユーゲントにより火を放たれ、城ごと永遠に焼失したという。比較的質の良いカラー写真が残されたおかげで、この作品の存在を惜しむことができるが、もし燃えずに残っていたなら。ここで眺めることもできたかもしれないーー。

クリムトより年若のシーレとココシュカの作品も何点か展示されているが、その鮮烈な自我の投影に胸を突かれた。かつてクリムト作品ほどには、良さが分からなかった。特にシーレの「ひまわり」には、あらためて衝撃を受けた。若い頃には決してわからなかったものがあるーー。クリムトが描くほど、老いは悪いことばかりではない笑。

「ウィーン・モダン クリムト、シーレ、世紀末への道」国立新美術館にて8月5日まで。金・土は夜もopen

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posted by 橘かがり at 20:54| 美術館・展覧会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする