猫の らんこ  マウスで遊んであげてね^^

2018年08月29日

大曲全国花火競技大会



岩手の繋温泉で露天風呂と美味しいお食事を満喫した後に、大曲で開催された第92回全国花火競技大会に行ってまいりました。
噂には聞いていましたが、予想を遥かに超える大迫力で、夜空に繰り広げられる見事な花火の数々、花火師の方々が精魂傾けられた傑作中の傑作を、存分に堪能させて頂きました。
「花火」という概念を、完全に打ち砕かれる渾身の競技大会でした。
「流れ星〜星に願いを〜」という名の花火が打ち上げられた際には、ペルセウス流星群を思い出し、つい願いごとを唱えてしまうほど。
花火はアートであり、エンターテインメントなのだと再認識したひと時でした!
私のしょぼい写真では実際の迫力を100分の1もお伝えできず申し訳ない限りです。



70万人の人出ということで、手洗いの帰りに席にたどり着くのに四苦八苦、閉会後には出口まで1時間近く並んだり、臨時列車は続々出ているものの新幹線が20分遅れたり……と、驚きの連続でしたが、無事に新幹線の座席に座れた時には心底ホッとしました。
新幹線車内で疲労のあまり倒れこむ方々をお見かけしましたが、大丈夫だったでしょうか。
昼花火鑑賞の部屋と食事をご提供下さった大曲S医院ご夫妻、桟敷席と新幹線チケットを早朝から並んで入手して下さった秋田S原先生他、お世話になった皆さまに心から感謝!心優しくも礼儀正しい秋田の方々、温かいもてなしをして下さった東北の方々にあらためて深く感謝!台風襲来でどうなることか案じましたが、最後まで雨に降られず、寒くもならず見られたのは奇跡に近く、本当にラッキーでした。未見の方、是非一度はご覧下さいませ!お勧めです!!皆々さま、本当に‼️ありがとうございました。

posted by 橘かがり at 15:28| 旅行・散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月13日

第15回世界バレエ・フェスティバル



3年に1度の世界的なバレエの祭典、今年で第15回を迎える世界バレエ・フェスティバルに出かけてきた。初めて鑑賞したのは第3回、1982年のことだった。もう36年も前になる。ジョルジュドンがボレロを踊り大喝采を受けたのを、昨日のことのように思い出す。私は20代はじめ、ダンサーは私より皆、年上だった。若さを満喫していた私は、肉体の脆さなどまったく理解できなかった。
スポーツ鑑賞の趣味を持たない私だが、バレエを通して、肉体の輝きと儚さを実感するようになった。6年前、12年前に、鉄壁の跳躍を誇ったダンサーが、次第に内省的で深みのある表現を見せるようになる。バレエとは何て残酷な芸術だろう。ジョルジュドンが、当時不治の病だったHIVで45歳の生涯を閉じたのは、1992年のことだった。
老いを意識するようになった今の私には、ダンサーたちがなおさら愛おしく映る。同時に平和の大切さも。バレエ・フェスティバルは、究極の平和の祭典だ。バレエはいつも私に、大切なことを気づかせてくれる。


posted by 橘かがり at 20:01| 舞台(文楽、バレエ等) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月30日

砂川事件現場をお訪ねして



砂川事件の起きた7月8日に、立川駅からバスに乗り15分ほどの砂川を訪ね、平和の礎で写真を撮って来ました。折しも砂川平和広場では会合が開かれていて、当時副隊長として砂川闘争を闘った方の長女・福島京子さんとお目にかかることができました。
砂川は遠く富士も見渡せる美しい場所で、かつてはどれだけ風光明媚であったかと想像できます。土地を奪われた方々の哀しみが、しみじみ伝わってまいりました。
7月18日の最高裁の決定で、元被告らの特別抗告が棄却され、再審の開かれないことが確定してしまいました。
今ではすっかり忘れられた砂川事件ですが、ここ数年未公開公文書が多数見つかり、当時の田中最高裁長官が、アメリカにどれだけ圧力をかけられたかが明らかになっています。
砂川判決が今の日本の立ち位置を決定づけたと言っても過言ではなく、ぜひ皆様に忘れずにいて頂きたいと。切に願ってやみません。



https://www.asahi.com/sp/articles/ASL7M46J7L7MUTIL02S.html

東京都砂川町(現・立川市)にあった米軍基地の拡張計画に反対する学生らが1957年、基地に入った「砂川事件」で、最高裁第二小法廷(菅野博之裁判長)は、日米安保条約に基づく刑事特別法違反で有罪となった4人の元被告について、再審開始を認めない決定をした。18日付の決定で、元被告らの特別抗告を棄却した。今回の請求で再審が開かれないことが確定した。
 この事件では一審が「米軍の駐留は憲法9条に反する」と無罪を言い渡したが、最高裁大法廷が1959年に「日米安保条約のような高度に政治的な問題に司法判断はしない」などとして破棄した。当時の田中耕太郎・最高裁長官が、米国側に裁判の見通しなどを伝えたとする米公文書が2008年以降に相次ぎ見つかったことを機に、元被告らは「公平な裁判を受ける権利を侵害された」と主張し、再審を求めていた。
 東京地裁は16年3月の決定で、公文書の内容を検討したうえで、「刑事手続きの一般的事項を述べたにとどまる」と認定。最高裁長官は裁判所を代表して外部と交際することがあり、米国大使館関係者と面会したことで不公平な裁判をする恐れが生じたとはいえないとして再審請求を棄却。東京高裁決定も昨年11月の決定で、地裁の結論を支持した。最高裁は今回の決定で、田中元長官の行動については言及しなかった。
 再審請求したのは当時、学生だった土屋源太郎さん(83)ら4人。最高裁が一審の無罪判決を破棄した後の差し戻し審で罰金2千円の逆転有罪となり、確定した。

posted by 橘かがり at 21:59| 政治・思想・人権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする