猫の らんこ  マウスで遊んであげてね^^

2017年11月30日

皇風煎茶禮式煎茶会




10月末の土曜日、高田馬場茶道会館にて皇風煎茶禮式の煎茶会が開かれました。
お稽古をはじめて何年にもなりますが、お点前が上手にできず、着物での立居振舞も全く自信がないので、受付と下足のお手伝いをさせて頂きました。
例年なら着物で汗ばむことの多い時期でしたが、袷の着物でもふるえるほど寒い一日でした。お手伝いの合間に焙じ茶席に入らせて頂き、温かい焙じ茶を頂いて、身体が芯から温まりました。お天気の悪い中、大勢のお客様に来て頂き心より御礼申し上げます。


posted by 橘かがり at 20:37| お稽古ごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月28日

松浦寿輝氏『名誉と恍惚』谷崎賞授賞式&ドゥマゴ賞対談


18年前「ふるえる水滴の奏でるカデンツァ」という短編小説を読んで衝撃を受けて以来、愛読し、偏愛し、尊敬してきた作家・松浦寿輝氏の1300枚にもわたる大長編『名誉と恍惚』(新潮社)の谷崎賞受賞が決まり、授賞式に潜入してまいりました。選考委員の堀江氏の選評も素晴らしく、胸打たれました。
翌日は同作品でドゥマゴ賞をも受賞した松浦氏と川本三郎氏との対談を、Bunkamuraまで聴きに出かけました。
『名誉と恍惚』の醍醐味は、1930年代の上海の裏面が、逃亡者の目で捉えられていること。ジャズクラブが並ぶ華やかな大通りから、危険な路地裏まで、権力に追われる主人公は、地下の最底辺まで潜り込みます。暴力、麻薬、裏切、友情、エロティシズム、デカダンス。
エンターティンメントとしても存分に楽しめる豊かな物語性と、格調高く詩情あふれる文体が、作品の中で渾然と溶け合っています。
何と言っても一番の魅力は、主人公の孤独の深さを、これでもかとえぐり出してみせる点でしょうか。故国喪失者として素手で国家権力と闘うことになった日朝ハーフの主人公が、中国人たちと深い友情で結ばれ、助けられ、最後は上海を逃れ香港に脱出して行きます。もはやそこには国境は存在せず。こういう主人公を設定した点も、現代社会に生きる作家ならでは。極めてスケールの大きな作品に仕上がっているという川本氏の批評に、大きく頷きました。
二人の対談は、同じ上海を舞台にするカズオイシグロ『わたしたちが孤児だった頃』にも言及し、「土地の力が文章を書かせる」というイシグロ氏の言葉を引用してのトークは、深く鋭く胸に刺さりました。
夜更けに読み耽る小説の愉悦を、咀嚼し、反芻し、十二分に味わった2日間でした。
映画が大好きな松浦氏は、本作をベルトルッチ監督のような方に映画化して貰いたいとの夢があるそう。私もこの作品の映画化を楽しみにしています(^_-)


posted by 橘かがり at 01:46| 小説仲間・授賞式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月26日

2017.10.22.総選挙



早稲田大学有志の会の小原先生と香織さんにお声掛け頂き、市民連合政党カーに乗り、東京一区海江田万里候補の街宣をさせて頂いた。学生時代に3回ほど選挙ウグイス経験があるので、街宣カーに乗るのは実に30年ぶり。主に港区と新宿区を周った。街宣車に同乗した市民連合呼び掛け人Nさんのスピーチがとりわけ心に残った。
シングルマザーで二人の子どもを育てる彼女は派遣労働者で、子どもたちの学費を出すのもやっとという。そんな彼女と私を乗せた街宣車は、南麻布の超高級住宅街の森の中を走り抜けて行く。
どうしてこんなに格差が開いてしまったのだろう。一部の人だけが富を享受し、一部の人だけが幸せを謳歌する社会が、良いはずはない。年間3万人もの人々が尊い生命を断つ日本が、良い社会のはずはない。 基地の存在に怯え、不安な日々を送る沖縄の人々の叫びを、見て見ぬふりする世の中が、良いわけはない。
麻布十番での街宣の後に、母校T女学院の前を偶然通りかかった。ちょうどお受験シーズンで、両親に手を引かれた面接帰りの小さな女の子が、こちらを向いて手を振った。
幼い日、私も父と母に手を引かれて、この坂を上って行った。にこやかに面接官に答えていた父の横顔がふいによみがえる。
父は公害裁判や薬害裁判を手がける企業弁護士だった。公害弁護士、原発弁護士と揶揄されるのが子ども心にたいそう辛かったが、父は魂まで売り渡したわけではなかった。
――自民党ばかりが強い世の中に、良いことはない。
それが父の口癖で、選挙では必ず野党に投票していた。私は父に連れられ、社会党や民社党、共産党の演説をよく聞きに行った。それが私の原点だ。
枝野幸男氏のほぼ30年前に、父は同じく杜の都のキャンパスで法律を学んだ。若き日の父は、法曹ではなく、ジャーナリストを目指していたらしい。頼もしい後輩の出現に、目を細めているに違いない。
選挙最終日、新宿バスタでの東京大作戦finalでは、大雨をものともせずに、多くの仲間たちが枝野氏の演説を聞きに集まっていた。私もずぶぬれになりながら枝野氏の演説に耳を傾けた。
父亡き後にもファザコンのいっこうに治らない私だが、父のリベラル魂は、私の裡で確かに燃え続けている。市民の手による、市民の為の新党の門出を、父も心から応援していてくれると固く信じて。


posted by 橘かがり at 18:02| 政治・思想・人権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする